結論から言うと、運動はメンタルを強くし、精神の安定を支える可能性があります。
ただし、ここでいう「メンタルが強くなる」とは、運動によって根性がつき、何があっても落ち込まなくなるという意味ではありません。不安や落ち込みを感じたときに、自分を整えたり、少しずつ立て直したりする力がつくという意味です。
私は小・中・高校と運動部に所属し、現在も運動を続けています。その経験から、運動の楽しさだけでなく、精神的・身体的な健康への効果を心から感じています。
運動による精神の安定は根性論ではない
運動には、不安や落ち込みを和らげる、睡眠を整える、反芻思考を減らすといった効果が研究で示されています。
2026年に発表された大規模な研究では、63件のレビュー論文に含まれる81件のメタ分析、延べ7万9,551人分のデータが統合されました。その結果、運動は、何もしない場合などと比べて、抑うつ症状を中程度、不安症状を小から中程度軽減していました。特に有酸素運動で大きな効果が示されています(Munroら、2026)。参考文献1
また、22件のランダム化比較試験をまとめた研究では、運動によって、主に本人が感じる睡眠の質や不眠の程度が改善しました(Xieら、2021)。参考文献2 身体活動による介入と反芻思考などの「繰り返される否定的な考え」との関係を調べた研究でも、それらを減らす可能性が示されています(Wangら、2025)。参考文献3
ただし、これらは「運動すれば二度と落ち込まない」「精神疾患が運動だけで治る」という意味ではありません。運動は万能薬ではなく、治療や生活習慣と組み合わせながら、心身の回復を支える選択肢の一つです。
精神的不調を経験して分かった運動の大切さ
私は大学生のとき、パンデミックやアルバイトでのストレス、環境の変化などが重なり、精神的な不調を経験しました。その後、統合失調症を発症し、約2か月入院しました。
当時は運動する機会も減っていました。ただし、運動不足が統合失調症の原因だったとは言えません。私が実感したのは、運動から離れて生活のリズムや達成感を失った時期と、精神的に弱っていた時期が重なっていたことです。そして退院後、運動は生活を立て直すための支えになりました。
退院後の私は、過食によって体重が13キロ増え、自信をなくし、日々を適当に過ごしていました。
しかし、社会に再び出る準備として1年半通ったデイケアで運動の楽しさに触れ、過去に身体を動かしたときの達成感を思い出しました。
「このまま適当に時間を過ごすのは悔しい」
そう思うようになり、重い腰を上げました。もともと好きだったサッカーにも再び興味を持ち、少しずつ運動を生活に戻していきました。過去の成功体験が病気を治したわけではありませんが、もう一度行動を始めるための根拠にはなりました。
「自分にもできた」が小さな自信になる
運動を続ける中で、私が特に感じているのが「自己効力感」です。
自己効力感とは、「自分ならこの行動をできるかもしれない」と思える感覚です。
子どもの頃、遠足で歩いた8キロは、ものすごく長く感じました。それが現在では、いつの間にか10キロを走れるようになっています。走り終えた後には達成感があり、続けてきた運動に見合う体も少しずつ出来上がりました。
これは精神論だけで起きた変化ではありません。運動を繰り返すことで、心肺機能、筋力、筋持久力、動作の効率などが少しずつ適応した結果です。また、経験や練習に応じて脳や神経系の働きが変化する性質は「神経可塑性」と呼ばれます。
10キロ走れるようになったことを神経可塑性だけで説明することはできません。それでも、「人間の身体や脳は、経験を重ねることで変化できる」と実感できたことは、私の自信につながっています。
成功体験というと、大会で優勝したことや大きな目標を達成したことを想像するかもしれません。しかし実際には、「外に出られた」「5分歩けた」「前回より1回多くできた」という行動も立派な達成です。
成功体験が全くないのではなく、自分の達成を成功として数えていなかったり、成功を認める基準が大きすぎたりする人もいるのではないでしょうか。
どれくらい運動すればよいのか
初めて運動する人は、「どのくらいの頻度や量で運動すればよいのか」と悩むかもしれません。
厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、成人に対して次の内容が推奨されています。参考文献4
● 息が弾み、汗をかく程度の運動を週60分以上
● 筋力トレーニングを週2~3日
● 今よりも少しでも多く身体を動かす
一方、WHOは成人に対して、中強度の有酸素運動を週150~300分、または高強度の有酸素運動を週75~150分行い、筋力トレーニングを週2日以上取り入れることを推奨しています。参考文献5
ただし、これらは一般的な健康づくりの目安であり、メンタル不調を治療するための決まった運動量ではありません。
厚生労働省とWHOの目安を参考に、私は「まずは週60分、慣れてきたら週150分を目指す」と考えると分かりやすいと思います。しかし、最初から週60分できなくても問題ありません。
5分の散歩からでも、家でスクワットを数回行うことからでも始められます。重要なのは数字を達成することではなく、自分の体力や体調に合った運動を見つけ、無理なく続けることです。
精神症状が強いときや、持病・けががある場合は、運動だけで解決しようとせず、主治医などに相談しながら行ってください。
スポーツには言葉だけでは説明できない魅力がある
運動の時間や頻度には、おおよその目安があります。しかし、自分が楽しめる運動や「ちょうどよい」と感じる量は、実際に身体を動かさなければ分かりません。
スポーツ技能には、本人が実行できても、言葉では完全に説明できない「暗黙的・手続的な部分」があります。
ボールを捕る技能を調べた研究では、参加者は実際にボールを捕ることができても、前後に動く判断をどのようにしているのか、視線の角度の変化をどのように利用しているのかを、正確に説明できないことがありました(Reedら、2010)。参考文献6
この研究が直接示しているのは、運動技能には言葉にしにくい知識が含まれているということまでです。しかし私は、その言葉にできない感覚こそが、スポーツの楽しさにつながるのだと思っています。
走っているときのリズム、ボールを蹴ったときの感触、自分に合う力の入れ方、少しだけ頑張れば達成できそうな運動量。それらは、人から説明されるだけでは分からない、自分だけの感覚です。
スポーツには、自分しか知らない「おいしい秘密」をつくることができます。説明だけでは足りないところがあるからこそ、自分の特徴を生かしたり、動きで自分を表現したりできます。それがスポーツの醍醐味であり、運動を続ける楽しさになるのではないでしょうか。
まとめ|メンタルの強さとは自分を立て直す力
運動でメンタルが強くなるとは、何があっても落ち込まない人になることではありません。
不安や落ち込みを少し和らげること。生活や睡眠のリズムを整えること。同じ悩みから一度距離を取ること。「今日も少しできた」という感覚を積み重ねること。そして、調子を崩したときに、再び自分を立て直す方法を持つことです。
運動量の目安を知ることも大切ですが、それ以上に、自分が楽しめる運動と、自分に合った続け方を探すことが重要です。
まずは5分歩くことでも構いません。その小さな行動が、自分なりの成功体験と精神の安定につながる第一歩になるかもしれません。
参考文献
1. 参考文献1:Munro, N. R., et al.(2026). Effect of exercise on depression and anxiety symptoms: systematic umbrella review with meta-meta-analysis. British Journal of Sports Medicine, 60(8), 590–599. DOI: 10.1136/bjsports-2025-110301.
2. 参考文献2:Xie, Y., et al.(2021). Effects of Exercise on Sleep Quality and Insomnia in Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Frontiers in Psychiatry, 12, 664499. DOI: 10.3389/fpsyt.2021.664499.
3. 参考文献3:Wang, S., Lu, M., Dong, X., & Xu, Y.(2025). Does physical activity-based intervention decrease repetitive negative thinking? A systematic review. PLOS ONE, 20(4), e0319806. DOI: 10.1371/journal.pone.0319806.
4. 参考文献4:厚生労働省.「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」推奨シート:成人版.健康日本21アクション支援システム.
5. 参考文献5:World Health Organization. WHO guidelines on physical activity and sedentary behaviour: at a glance.
6. 参考文献6:Reed, N., McLeod, P., & Dienes, Z.(2010). Implicit knowledge and motor skill: What people who know how to catch don’t know. Consciousness and Cognition, 19(1), 63–76. DOI: 10.1016/j.concog.2009.07.006.
7. 参考文献7:ニューロリワーク.「『運動をしている人はメンタルが強い』という研究結果から学ぶ、メンタル不調の効果的な改善方法」.参考記事.
8. 参考文献8:城医院.「運動はメンタルに効く。週60分から始める心の健康習慣」.note.参考記事.


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